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京都地方裁判所 昭和22年(行)6号 判決

原告 金森吉兵衛

被告 峰山税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二八年四月三〇日原告の昭和二七年度分所得税の総所得金額を二四六、三〇〇円、同税額を三〇、八〇〇円、過少申告加算税額を一、五〇〇円とした更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は昭和二六年中頃から当時の住所京都府中郡丹波村字矢田一、四四五番地においてゴム靴及び地下足袋等卸商を営んでいたものであるが、被告に対し昭和二十年度分所得税に関する確定申告として総所得金額を農業所得のみ九八、八〇〇円と申告したところ、被告は昭和二八年四月三〇日右総所得金額を農業所得一〇一、八〇〇円及び事業所得一四四、五〇〇円合計二四六、三〇〇円、同税額を三〇、八〇〇円、過少申告加算税額を一、五〇〇円とする旨の更正決定をした。そこで原告はこれを不服として同年五月七日被告に対し調査請求をしたが同年八月六日右請求は棄却され、更に同月二五日訴外大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ同局長は昭和二九年三月一三日右請求を棄却する決定をなした。

二、しかしながら右更正決定中事業所得の更正については右事業所得が欠損であるのに拘らず同所得一四四、五〇〇円が存するもののと認定した違法がある。すなわち、原告の右ゴム靴及び地下足袋等卸業は昭和二六、七年中は開業後間もなく商取引高も僅少であるに反し営業用の諸経費は相当高額になり、右事業所得は次の損益計算のとおり却つて欠損四一〇、九一六円を生じたものである。

(損失の部)

期首たな卸高   九七二、三八五円三〇銭

当期仕入高  五、三一六、二七五円

当期販売益      九、〇八四円

合計     六、二九七、七四四円三〇銭

諸経費      四二〇、〇〇〇円

(利益の部)

当期売上高  五、二三七、七二四円

期末たな卸高 一、〇六〇、〇二〇円三〇銭

合計     六、二九七、七四四円三〇銭

当期販売益      九、〇八四円

当期欠損金    四一〇、九一六円

合計       四二〇、〇〇〇円

しかして右仕入額、売上額、諸経費の内訳は以下のとおりである。

(1)  仕入額の仕入先別内訳

(イ)  世界長ゴム株式会社     四、六二〇、五三五円

(ロ)  株式会社黒田国光堂       三八四、八三四円

(ハ)  世界長ゴム株式会社岩滝工場    二七、六〇〇円

(ニ)  利見文具店            七六、二〇六円

(ホ)  万里ゴム株式会社         二八、四九〇円

(ヘ)  横綱ゴム株式会社        一四〇、六九〇円

(ト)  有限会社三村商店         三七、九二〇円

合計               五、三一六、二七五円

(2)  売上額の売上伝票控による各月別内訳

一月  一〇〇、一三三円

二月   八三、六四五円七〇銭

三月  一八〇、五〇一円

四月  五五四、三三〇円五〇銭

五月  四七六、九九九円六〇銭

六月  二〇七、九七二円

七月  三〇九、八七〇円三〇銭

八月  三六〇、七八八円

九月  六〇二、六八四円

一〇月  六三〇、七八八円二〇銭

一一月  八五二、八五一円二〇銭

一二月  八七七、一六〇円五〇銭

合計 五、二三七、七二四円

(3)  諸経費内訳

(イ)  給料     九六、〇〇〇円

(ロ)  借入金利息 一二〇、〇〇〇円

(ハ)  運賃     五〇、〇〇〇円

(ニ)  旅費     六〇、〇〇〇円

(ホ)  通信費    一六、〇〇〇円

(ヘ)  地代家賃   二四、〇〇〇円

(ト)  接待費    二四、〇〇〇円

(チ)  宣伝費    三〇、〇〇〇円

合計       四二〇、〇〇〇円

三、よつて被告のなした更正決定の取消を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「一、原告の請求原因一、の事実は認める。

二、同二、の事実中、期首及び期末の各たな卸高が原告主張のとおりであることは認めるが、仕入額、売上額、諸経費は、いずれも否認する。被告のなした更正決定は適法且つ正当であつてその理由は次のとおりである。

(1)  調査により判明した仕入先別仕入額

(イ)  世界長ゴム株式会社 四、八一三、七七五円

(同会社岩滝工場を含む)

(ロ) 株式会社黒田国光堂   四〇六、三一八円

(ハ) 利見文具店        七六、二〇六円

(ニ) 万里ゴム株式会社     二八、四九〇円

(ホ) 横綱ゴム株式会社    一四〇、六九〇円

(ヘ) 有限会社三村商店     五四、七二〇円

合計        五、五二〇、一九九円

なお利見文具店及び横綱ゴム株式会社はいずれも廃業または解散により当時の営業記録が散逸しこれを確認できないため、万里ゴム株式会社については調査未了のため、それぞれ原告主張の額を認めたものである。

(2) 売上額

原告が備付けている帳簿類は売上元帳の一部のみであつて現金出納帳等の主要帳簿及び取引原始証ひよう等は備付けてなく、また仕入額も前記のとおりその申告には脱漏が多く売上額についても原告の申告をそのまま是認できないので、被告は原告の同年中の売上額を原告が同年に販売した商品の原価五、四三二、五六四円(期首たな卸高972,385円30銭+当期仕入額5,520,199円―期末たな卸高1,060,020円30銭=売上原価5,432,564円)から以下のとおり推定したものである。

原告の取扱品目はゴム靴、ゴム合羽等のゴム製品、封筒、便箋、帳簿類等の紙工品であるが、これらゴム製品、紙工品等の売買差益率は大阪国税局作成の昭和二七年分商工庶業等所得標準率表によれば、次表のとおりいずれも通常売上金一〇〇円当り一一円の荒利益を有するものである。

種目番号

種目

区分

卸小売の区分

単位

標準率

経費

差益

所得

五九

紙工品

販売

売上百円当り

一一円

七円

四円

一〇〇

ゴム製品

一一円

九円

二円

そこで被告は原告の売上額推定に当り右の通常差益率を適用し、六、一〇四、〇〇四円{売上原価5,432,564円÷差益率(1-0.11)=売上額6,104,004円}と算定した。

(3) 諸経費

原告は昭和二七年中の諸経費(所得税法第一〇条第二項による必要経費)を四二〇、〇〇〇円と主張するが、これは原告が恣意的に計上したもので支出の事実も判然としないので、被告は原告の同年中の営業費を通常この種業態における標準的な経費を勘案して計上した。すなわち、前記所得標準率表によれば販売卸の経費率は売上金一〇〇円当りゴム製品で二円、紙工品で四円であり、原告はこれら両品目の卸をゴム製品九〇、紙工品一〇の割合(仕入総額中ゴム製品五、〇三七七、六七五円、紙工品四八二、五二四円、従つて正確にはゴム製品九一・三パーセント、紙工品八・七パーセントの割合)で取扱つているのであるから、両品目を綜合した経費率は売上金一〇〇円当り二〇銭{(ゴム製品経費率2円×同販売割合90%)+(紙工品経費率4円×同販売割合10%)=綜合した経費率2円20銭}となるので、経費総額は一三四、二八八円(売上額6,104,004円×右綜合経費率2.2/100=経費総額134,288円)である。

なお雇人費、減価償却費(建物)、地代家賃、支払利息は一般経費である前記所得標準率表の経費には含まれていないので特別経費として次のとおり別途に計上する。

(イ) 雇人費   九六、〇〇〇円

(ロ) 地代家賃  二四、〇〇〇円

(ハ) 支払利息  五二、二四三円

合計   一七二、二四三円

(4) 事業所得の計算

以上の次第であるので原告の昭和二七年度事業所得は次のとおり三六四、九〇九円である。

〈1〉売上金額 六、一〇四、〇〇四円

販売原価

〈2〉期首たな卸高        九七二、三八五円三〇銭

〈3〉仕入金額        五、五二〇、一九九円

〈4〉小計(〈2〉+〈3〉) 六、四九二、五八四円三〇銭

〈5〉期末たな卸高      一、〇六〇、〇二〇円三〇銭

〈6〉差引原価(〈4〉-〈5〉) 五、四三二、五六四円

〈7〉差益金額(〈1〉-〈6〉) 六七一、四四〇円

〈8〉一般経費          一三四、二八八円

〈9〉特別経費          一七二、二四三円

〈10〉所得金額{〈7〉-(〈8〉+〈9〉)}三六四、九〇九円

三、しかして被告は本件更正決定においては原告の昭和二七年度の所得金額中事業所得を右のとおり三六四、九〇九円と認定すべきであつたが、それよりも低きに失する一四四、五〇〇円と更正したものであるから本訴請求は失当である。」

と述べた。(立証省略)

理由

一、原告が昭和二七年度は当時の住所京都府中郡丹波村字矢田一、四四五番地でゴム靴及び地下足袋等卸商を営んでいたこと、原告が被告に対し昭和二七年度分所得税に関する確定申告として総所得金額は農業所得のみ九八、八〇〇円と申告したところ、被告が昭和二八年四月三〇日右総所得金額を農業所得一〇一、八〇〇円及び事業所得一四四、五〇〇円の合計二四六、〇〇〇円、同税額を三〇、八〇〇円、過少申告加算税額を一、五〇〇円とする旨の更正決定をしたこと、原告主張の各日時に同主張の再調査請求及び審査請求並びに右各請求に対する各棄却決定のそれぞれなされたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、しかして右更正決定中農業所得に関する部分の更正は原告の争うところではないので、本訴で原告がその違法を主張するのは結局事業所得の更正並びにこれに基く総所得金額の更正等の点に限られるのであるが、右原告の昭和二七年度の事業所得算定の基礎となるべき期首たな卸高が九七二、三八五円三〇銭であること、期末たな卸高が一、〇六〇、〇二〇円三〇銭であることは当事者間に争がないから所詮本訴争点は同年度の仕入額、売上額、経費の三点につきる。

よつて以下右三点について順次判断する。

(一)  先ず原告の昭和二七年度の仕入額についてみるに、(1)利見文具店より七六、二〇六円、(2)万里ゴム株式会社より二八、四九〇円、(3)横綱ゴム株式会社より一四〇、六九〇円の各仕入額のあることは当事者間に争なく、右利見文具店よりの仕入品目が紙工品であること並びに右万里ゴム、横綱ゴム両会社よりの仕入品目がゴム製品であることは弁論の全趣旨からこれを認めることができ、証人中井幸四郎の証言及びこれにより成立を認める乙第一号証を綜合するに、(4)世界長ゴム株式会社並びに同会社岩滝工場よりゴム製品四、八一三三、七七五円の仕入額のあること、証人尾崎光雄の証言及びこれにより成立を認める乙第二号証を綜合するに、(5)株式会社黒田国光堂より紙工品四〇六、三一八円の仕入額のあること、証人井上敏寿の証言及びこれにより成立を認める乙第三号証を綜合するに、(6)有限会社三村商店よりゴム製品五四、七二〇円の仕入額のあることがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠はなく、従つて原告の同年度の仕入額は右(1)から(6)までの合計五、五二〇、一九九円であることが計数上明らかである。

(二)  次に原告の昭和二七年度中の売上額についてみるに、右売上額に関する証人藤田栄三、同吉岡友治の各証言及び原告本人尋問の結果は容易く採用できず、又右原告本人尋問の結果によるも甲第二号証の成立を認めるに由なく、ほかに右売上額を確実に認定するに足る資料は一もないから、右売上額は推計による外ないというべきである。

しかして、証人佐古田保の証言並びにこれにより成立を認める乙第四号証の一から三までを綜合すれば、被告主張の所得標準率表の存すること並びに売上額が明確でない場合右所得標準率表所定の差益率(荒利益率)を基にして売上額を推計することは相当であると認められる。そこで右推計を行うに前記期首たな卸高九七二、三八五円三〇銭及び前記認定の同年中の仕入額五、五二〇、一九九円並びに前記期末たな卸高一、〇六〇、〇二〇円三〇銭から、同年度の売上原価が五、四三二、五六四円(972,385円30銭+5,520,199円-1,060,020円30銭=5,432,564円)であること計数上明らかであり、右売上原価につき右所得標準率表所定の紙工品及びゴム製品の各差益率いずれも売上一〇〇円につき一一円を基にして推計すると、原告の同年中の売上額は被告主張のとおり六、一〇四、〇〇四円{5,432,564円÷(1-0.11)=6,104,004円}であるということができる。

(三)  最後に原告の同年度の経費について検討するに、雇人費九六、〇〇〇円、地代家賃二四、〇〇〇円、支払利息少くとも五二、二四三円、以上の経費合計一七二、二四三円の支出の存したことは当事者間に争がない。

原告主張の支払利息につき右五二、二四三円を超える部分並びにその余の経費についてみるに、前記のとおり甲第二号証の成立に関する原告本人尋問の結果は容易く採用できないので、右甲第二号証は右経費認定の資料となし難く、ほかに右経費を確実に認定するに足る資料はないから、右経費もまた推計による外ないというべきであり、前同様証人佐古田保の証言及び前記乙第四号証の一から三までを綜合すれば経費の明確でない場合前記所得標準率表所定の経費率を基にして経費額を推計することが相当であると認められる。

しかして、右所得標準率表によれば、売上一〇〇円当りの卸経費は紙工品四円、ゴム製品二円の各割合であるが、前記認定の原告の同年度の仕入額五、五二〇、一九九円についてみるに、そのうち紙工品の仕入額は株式会社黒田国光堂及び利見文具店よりの合計四八二、五二四円であること、ゴム製品の仕入額はその余四会社よりの合計五、〇三七、六七五円であり、その比率は紙工品八・七パーセントに対するにゴム製品九一・三パーセントであるところ、期首及び期末各たな卸高の右両品目の内訳が判明せず、従つて原告の同年度売上の右両品目の内訳が明確でない以上、原告の同年度の販売卸の経費率の算定に当り右同年中の両品目卸取扱割合を右同年仕入割合紙工品八・七パーセント、ゴム製品九一・三パーセントにより推計するのが相当であると解せられ、これを被告主張のとおり紙工品一〇、ゴム製品九〇の割合で概算するのは、前記のとおり紙工品の経費率がゴム製品の経費率よりも高いので寧ろ原告にとり有利な概算方法として首肯せられるべきである。よつて原告取扱の右両品目を綜合した経費率は売上一〇〇円当り二円二〇銭{(2円×90%)+(4円×10%)=2円20銭}と算出され、これを前記認定の売上額六、一〇四、〇〇四円に乗じ所得標準率表による原告の同年中の経費として一三四、二八八円(6,104,004円×2.2/100=134,288円)を求めることができる。

ところで証人佐古田保の証言によれば、前記所得標準率表の経費とは運賃、旅費、通信費、接待費、宣伝費等の通常のいわゆる一般経費のみを勘案し、雇人費、地代家賃、支払利息等のいわゆる特別経費を包含したものでないこと、従つて所得より控除すべき必要経費の計算に当り所得標準率表を適用するときはこれにより推定される一般経費のほかに特別経費を別途計上すべきものであることが認められるので、原告の同年度の右必要経費は、右所得標準率表より推計した一般経費一三四、二八八円及び前記当事者間に争のない特別経費たる雇人費、地代家賃、支払利息合計一七二、二四三円の合計三〇六、五三一円であると認められる。

三、そうすると、原告の昭和二七年度の事業所得は前記認定売上額六、一〇四、〇〇四円から販売原価五、四三二、五六四円{(前記期首たな卸高972,385円30銭+前記認定仕入額5,520,199円)-前記期末たな卸高1,060,020円30銭=5,432,564円を差引いて求められる差益金額六七一、四四〇円(6,104,004円-5,432,564円=671,440円)より、前記認定必要経費三〇六、五三一円を控除した三六四、九〇九円(671,440円-306,531円=364,909円)であるというべきである。従つて原告の昭和二七年度の総所得金額は右認定の事業所得三六四、九〇九円と前記農業所得一〇一、八〇〇円との合計四六六、七〇九円となるのに拘らず、被告は右事業所得を一四四、五〇〇円、総所得金額を二四六、〇〇〇円、同税額を三〇、八〇〇円過少申告加算税額を一、五〇〇円とする更正決定をなしたのであるから、結局右更正決定は相当である。

四、よつて原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 嘉根博正 平田孝)

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